Oct 24, 2010
ほくろの位置と意味について。
"ほくろ"は、場所に応じて、美か医者か他の意味があるとも言われています。続いて、"ほくろ"の大きさや色などによって、病気の原因となることもあるもので、気にされると、医療機関で診察を受けるとよいでしょう。には、口元に"カマキリ"があるとセクシーに見えたり、泣いて私たちのところもあると可愛いなどと魅力的なポイントとして挙げられます。私が小学校4年生の時だったと思います。ある日、誤って手に鉛筆の芯を刺してしまいました。そのまま放置しておくと、鉛筆の芯が心に刺さった死んでしまうかもしれないと思ったのですが、痛かったので、傷が完治されるまで待つことにしました。そのまま放ってしまったところ、鉛筆の芯が打ち込まれたのは、斑点になってしまいました。今もその汚れは残っています。
日露戦争の勝敗を決定付けたともいえる日本海海戦での名参謀が秋山真之である。頭脳明晰といわれた真之の勉強に対する考え方を紹介したい。【古川裕倫】
「人の頭には上下などない。要点をつかむという能力と、不要不急のものはきりすてるという大胆さだけが問題だ」(『坂上の上の雲』、司馬遼太郎、文春文庫、2巻59頁)
真之は、優秀であるかどうかは、人の頭の良し悪しではなく、勉強のやりかたであるとしている。つまり、
(1) 要点をつかむ能力を高める
(2) 不要な部分を切り捨てる大胆さを持つ
海軍兵学校を主席で卒業した真之は、学校での試験問題の多くを事前に予測・的中させたという。
最近は、インターネットの発達もあり、多くの情報を瞬時にして入手できる。むしろ、情報過多の状況下、何が大切であるかをしっかりと見極め、余計な部分に振り回されない選球眼が必要である。
●自分の不要な時間も切り捨てよう
真之は重要ではない部分を切り捨てて学べと言っているが、わたしはもうひとつ切り捨てるべきものがあると思っている。自分の時間の使い方である。
われわれは、「忙しい」を連発する癖がある。勉強の重要性は頭では分かっているのだが、忙しいことを勉強しない言い訳にしていることが多い。若手に勉強や読書を勧めても、「時間がない」との返事が戻ってくる。
兄の秋山好古の「生まれてきたからには一事を成せ」「単純明解に生きよ」という言葉にそのヒントがあると思う。
われわれは、余計なことを普段からたくさんしているのではないか。だから勉強をする時間がないと思ってしまう。人間だれにも平等に1日24時間が与えられているのであり、それをどう使うかが問題である。
自分の過去を振り返ると、恥ずかしながら、ずいぶん余計なことに時間を費やしてきた。ある球団の大ファンでスポーツ新聞を隅から隅まで毎日1時間もかけて読んでいたが、ある時自分がいくら応援しても優勝にはつながらないとあきらめて、新聞購読を止めたら、読書の時間ができた。
学生時代から続けていたパチンコも止めたら、週末の自分の時間がぐんと増えた。いずれ再開するつもりだが、ここ10年ほどゴルフも休止している。その後、振り返ってみると書物との付き合いがずいぶん深くなった。
友人や若手から時間がない、忙しいと聞くと、自分がやっている余計なことを切り捨てることを勧めているが、いかがであろうか。
●真之が留学で学んだこと
明治31年真之は海軍の派遣留学生に選ばれ、アメリカに渡った。このころ多くの書物を読んだり、米西戦争を観戦武官として視察したりと精力的に学んで、参謀としての基礎を固めた。
真之は、元アメリカ海軍大佐、軍事思想化であるアルフレッド・マハンをニューヨークの自宅に訪ねて教えを請うた。マハンはアメリカ海軍の一員として、約30年前に日本を訪れていた。当時の日本はちょんまげの時代であり、武士は大小刀を差し、交通手段はかごであった。サムライの時代の日本人と、眼前にいる立派な日本海軍将校を比べて、マハンは感無量であった。マハンは当時多くの軍事評論を発表していたが、真之はそれらを原書で読んでおり、そのことにも驚嘆した。
マハンは、自らが書物から学ぶことの重要性を真之に教えた。
「過去の戦史から実例を引き出して徹底的にしらべることである。近世や近代だけでなく古代もやるほうがいい。戦いの原理にいまもむかしもない」「陸と海の区別すらない。陸戦をしらべることによって海戦の原理もわかり、陸戦の法則や教則を海戦に応用することもできる」(2巻238頁)
真之は米国で多くの世界の書物を読み、後に日本の村上水軍の戦い方も研究し、日本海海戦にその知恵を活用した。
●学ぶことと行動すること
真之は学ぶだけではなく、それを行動に移すときのこともしっかり考えていた。学ぶだけのただの物知りでは決してなかった。
「明晰な目的樹立、そしてくるいない実施方法、それまでのことは頭脳が考える。しかし、それを水火のなかで実施するのは頭脳ではない。性格である。平素、そういう性格をつくらねばならない」(2巻216ページ)
目的を明確にして方法をしっかりと考えたなら、行動する際にためらってはいけない。目標と方法は頭脳で考えられるが、実際の行動に際してはひるんではいけない。しっかり実行する勇気が必要だという。
現代の組織においても、目標を立て実行計画を作るが、実行の際にささいな予期せぬことに出くわすなどして、途中で実戦部隊が急ブレーキをかけてしまうことがよくある。目標と方法を(頭脳で)決めたらなら、(体と心で)しっかり行動しなければならない。
江戸時代後期の儒学者佐藤一斎(さとういっさい)の言葉にこうある。
一燈(いっとう)をさげて暗夜(あんや)をゆく。
暗夜を憂(うれ)うことなかれ。
ただ一燈を頼め。
(佐藤一斎、言志晩録13条)
暗い夜道を一つのちょうちんを下げて行く。
どんなに暗くても心配することはない。
ただ一つの明かり(即ち、自分や組織の想い)を信じて進めばいい。
真之は、本は道具に過ぎないと言ったそうだ。まったくそのとおりである。
勉強をして自分を磨くことは必要であるが、知識を詰め込むばかりでは、まことにもったいない。黙って勉強しているだけならまだしも、自分は行動せずに知識に基づく評論だけをしているのであれば、むしろ頭でっかちの弊害が出る。行動力がない知識だけの上司には、部下はついてはこない。
学んで自分にインプットしたことは、実践のためにアウトプットしたいものだ。アウトプットすることにより、また新しいインプットを欲するようになるのではないか。
(ITmedia エグゼクティブ)
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