Apr 30, 2009
Web制作に苦労しています
自力でWeb制作をしていますが、これがなかなか大変です。 htmlとは何か、そして、馬から学習し、Webサイトの構造を飲み込み、各種タグの役割を覚えて、CSSの使用を検討する。さらに、さまざまな結晶の角度はどんどん新しい規格に変わって行っていること。 Web制作の作業はクングンヨ。素人にはちょっと難しそうです。私のWebサイトどうしても公開までにはかなり長い道のりです。インターネットは、完成した部分もそのようなメディアですね。生まれて間もないようなイメージもある一方、完成されるのに十分な時間と人手があったようですね。しかし、それにもかかわらず、または、より良い世界をインターネットに構築するためには、webデザイナーが必要です。 webデザイナーがいた場合は、良くないことはできません。
決勝への壁は厚かった−−−。都市対抗野球第10日の31日、鹿嶋市・住友金属鹿島は準決勝第1試合で東京都・NTT東日本に0−4で敗れた。打線は相手投手陣に抑え込まれて2安打と振るわず、好機を生かせなかった。昨年の大会に続き、県勢悲願の決勝進出はならなかった。京セラドーム大阪(大阪市)の住金スタンドには約5000人が応援に駆け付け、逆転を信じて最後まで声援を送り続けた。【杣谷健太、高橋隆輔】
▽準決勝=第1試合
NTT東日本(東京都)
000002002=4
000000000=0
住友金属鹿島(鹿嶋市)
平日にもかかわらず、多くの人々が詰めかけた住金鹿島のスタンドでは、選手たちの活躍に期待が高まっていた。「昨年が準決勝敗退だったので、ぜひとも一つ上に行ってほしい」。オープン戦から住金鹿島の試合を欠かさず観戦しているという坂元繁さん(65)=鹿嶋市=は、スーパーシートから声援を送った。田辺光雄さん(81)=大阪市住之江区=は、26歳で戦死した兄が住友金属で勤務していたことから応援に来た。「ぜひとも勝ってほしい」と、グラウンドを見つめた。
最初のチャンスが訪れたのは住金鹿島のほうだった。三回、中倉裕人外野手、小島脩平内野手の安打などで1死一、三塁の好機。「チャンスだ、チャンスだ、かしま」。スタンドでは早いテンポの曲に合わせて、リズムに乗った応援が展開される。ステージ上では鹿嶋市のキャラクター「ぼくでん」もダンスを披露。白や青のスティックバルーンを打ち鳴らして声援を送った。
しかし後続がスクイズを失敗、三振に倒れると、スタンドからは「きゃー」と悲鳴が聞こえた。その後も遊ゴロに打ち取られた。
スタンドには住友金属和歌山の縁者も多数駆け付けていた。かつて下請け会社で勤務していた林富楠さん(70)=和歌山県=は「あと1本が出なかった」と残念そうな表情。それでも、「準々決勝では粘って勝ったんだから」と勝利を信じた。住金鹿島吹奏楽部、根本聡司さん(26)は「ぼくらの気持ちが届くように演奏したい」と力強く宣言した。
0−0の均衡が破れたのは、グラウンド整備の間を置いて始まった六回だった。先発・石田祐介投手が1死から四球を挟んで3安打を浴び、2失点。スタンドを一瞬、ため息が覆ったが、すぐに「大丈夫だー」とマウンド上の石田投手を励ます声が飛んだ。
リードされて追いかけるという準々決勝と同じ展開に、片葺翔太捕手の父・昭彦さん(48)=兵庫県=はスティックバルーンを両手に握り締め「逆転する」と一言。七回の攻撃前、スタンドでは住金鹿島応援歌を青いタオルを掲げて熱唱し、チームを鼓舞する。
住金鹿島審判部の児島宏さん(64)はバックネット裏から戦況を見つめ、「1点取れれば変わると思う。大きなヒットがほしい」。
点差は4点に広がり、迎えた九回裏2死。最後の打球は相手一塁手のミットに吸い込まれ、ベースカバーに入った相手投手に渡ってアウト。スタンドはため息に包まれた。暗い表情の選手たちに、「ようやった、ようやった」とスタンドからは、戦いぶりをたたえる声が上がり、「また今度」の声も響いた。決勝進出と黒獅子旗獲得の夢は、来年に持ち越された。
◇水郷太鼓鳴り響く
○…五回終了後、住友金属鹿島の応援スタンドでは、社内クラブ「水郷太鼓」のメンバー=写真=が特設ステージに上がり、力強い演奏をドームに鳴り響かせた。都市対抗は、35年の歴史をもつクラブにとっても最大の演奏機会で、披露した「火の章」は、同社の高炉の完成を記念して作曲された。準決勝まで勝ち上がった今大会は出番が多く、創部以来のメンバー、山内拓男さん(61)は「炉の火が大きくなるように、後半の攻撃も盛り上がって」。
◇雪辱へ新たな挑戦−−住金鹿島・中倉裕人外野手(25)
三回、先頭打者で打席に立った。「思いっきりやるしかない」。2球目。直球でバットを振り切ると、打球は遊撃手の頭上を越え、右翼手の前にポトリと落ちた。
今大会は全く打てず、悩んでいた。チームが12安打を放った準々決勝でも無安打。その夜、出身のPL学園高の先輩、田中啓之マネジャー(30)に誘われて、一緒に大阪府内の母校を訪ねた。復調のきっかけがつかめない中、わらにもすがる思いだった。
室内練習場を借りて約1時間半、バットを振った。平野和男監督が投げてくれ、ミカン箱4箱分のボールを打ち、タイミングの取り方や構え方をチェックした。
母校がくれた待望の初安打で出て、犠打と安打で三塁へ進むも、本塁は遠かった。その後の打席も実力を発揮できずゲームセット。悔しさがこみ上げた。「打てなくて申し訳ない」。雪辱を果たすための、新たな挑戦が始まった。【杣谷健太】
11月1日朝刊
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